AKB48とアートの市場

A man in the Inokashira Street 1sec in 1secまず、
僕はAKBに好意も敵意も持っていないことを最初に明言しておきます。
今回Twitter等で知った情報によると48人程度いるメンバーの中で誰が一番人気があるのか?ということをこのグループは競い合っていて、
投票が行われて、歌うときや、踊るときに優先的に上位の物が上にいくそうです。
そしてその投票はCDを買うと中に投票用紙が入っていてその用紙で
投票するシステム。ここまで聞いただけだとファンがCDを買って、
好きなアイドルにより顔がよく映るポジションにいってほしい
というささやかなのぞみが反映されるという事は特に問題視される
ようなことではなかったと思いますし。
考えた人は上手いなと思っていただけで特に僕が興味を
惹かれることもなかったのです、
最近になって知ったのですが、
ファンによっては一人で数百枚買う人も少なくなかったそうで、
今回は5500枚も同じCDを買う人まで登場したそうです。
それ以外にも2000枚のCDがゴミ箱に捨てられていたり
数百枚捨てられていたりと100万枚うれていたとしても実際は5000人〜1万人程度のファンが多い枚数を買ってミリオンヒット
にしているだけではないかいう話も出てくるほどです。
僕のイメージでは7〜10万人ぐらいは買っているだろうし、
これだけTVに出ていればCDを買うまではいかないけれどファンかな?
と自覚してる人も20万人以上はいるのではないかと思ってはいます。

僕がふと思ったことは以前は100万枚売れたら少なくとも70万枚は聞きたくて買われていたように思えるのに、(昔からコアなファンは保存用に複数枚買ったりしていたし)
こういう商法だとわかりにくいなと言う事いまは多分おおく見積もっても20万人程度が聞きたくて買っているだけではないかと思えます。
ですが、CDを売る側としてはそれはどちらでも構わないのですよね、
多く売れないと会社が儲からないから当たり前のことです。
極論を言ってしまえば
一人で100万枚を買ってくれる誰かの熱狂的でお金持ちのファンが
いて、10万枚を買ってくれる48人のメンバーのファンがひとり
ずつ入れば、580万枚売れるのですから会社としては最高でしょう。
もちろんプロデュースしてる方はもっと笑いがとまらないでしょう。
ここに衝撃的だなと僕が感じたコメントがあります。
大島優子さんのコメント。
「1人1票ではないのか。
1人で何枚もCDを買って本当に総選挙と言えるのか。
いろんなことを言います。ですが、私たちにとって票数は愛です。」
これはAKB信者ならば、

特に大島優子信者でたくさん買ったファンならば感動するでしょうが。
僕には宗教のように感じます。
お布施を沢山持ってきたものがより信心深いというわけです。
AKBは多神教の宗教のようですが、
神々であるメンバーに売上が入るわけではありません。
そこはよく信者の人達も考えてみるといいでしょう。

さて、
僕はこの事を通じてなにか別のことで府に落ちることがありました。
芸術についてです。
ここ最近の芸術とよばれるものは目利きでないと理解が難しいのです。
コンテクスト(文脈)とか、コンセプトとか、言われてもなかなかそこまで読み取る事はできない人がたくさん居ます。
今の芸術家達は大衆がさぼっているといいます。
少し美術の流れを勉強すればとても面白くなるのに、
と言う人はたくさん居ます。
実際そうだとも思う部分もあります。
僕はワンセコンド(1秒)というコンセプトで人間の儚さ、
人間の存在の薄さ、人間はどういうものか、拡大していけば、
街もこの星も全て本当は儚いものなんだ。
そして一枚の写真を通して一秒の時間の流れを目で見て体験してもらおう。
ということをアーティストスティトメントでも書いてあります。
理解してくれる人は随分増えてきた事も事実としてある一方で、
まず理解しようとする人の方が圧倒的に少ない。
ファインアートとしての写真として見るということが殆ど無く、
一番身近な自分たちの記録としての写真にしか殆どの人は興味がない。ましてここは世界最大のカメラ大国である日本ですから、世界的に見てもそれが顕著であることは仕方ないのかも知れません。
それに個人的な写真が大事であるということは間違いがないことであり、それを否定する理由がない。もちろん、僕の一枚の作品のオリジナルプリントを購入して人生観が変わったという人も沢山いますが、
まだまだ微力です。

どうAKBの話と結びつくかというと、アートというものは一部のお金持ちによって支えられているということです。
例えばAKB以前の音楽シーンは100万人200万人という大衆に
よって支えられてきました。まさに大衆芸術の代表のようでした、
このAKBのやり方というものは熱狂的な沢山お金を使う人達によって支えられています。
その点ではアートの世界も同じです。熱狂的支持者がパトロンと
呼ばれたり、重要なコレクターとして存在するからこそ芸術家は作品の制作に専念できるのです。
そう考えるとAKBの仕組みはある部分芸術家として良く考えてみる必要があるのかもしれません。
と、僕の頭の中でふと繋がってしまったのです。
日本においては写真芸術はまだ認知されていないと思います。
世界ではそうではありませんが、

ですから日本では沢山雑誌にでて、TVにもラジオにもでる、そういう顔と名前が有名な人のみが写真家として認知されているのが実情です。

アートの見方がわからない人には有名かどうかで判断するしかないからです。
ですが、ギャラリー21や、東京フォトなどの人はアートとしての写真を解ってもらおうとして努力し続けているので今後少しづつでも目のある人が増えていくと期待しています。

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