結婚して、子供ができて、だんだんと自分の自由が効かなくなる
という写真人のつぶやきを見た。
しかしそういう考え方は子供 に呪いをかけるようなもの。
ともつぶやいていた。
【いままで以上に努力して、自分の時間を作り出し、撮影にまい進するだけ。あるいは少ない時間で効率良い撮影をすることで目的を 達するという手もあるし。】
こういう考え方も子供を言い訳にしているように思える。
写真を効率的に撮る?こういう考え方は商業的、お仕事的に聞こえる。
愛する人と一緒に暮す、未来を考えると言う事において、より写真に打ち込めるという考えに行かない事は愛した相手がその写真家の写真を愛していないのだろうか?
写真に打ち込むという姿に惚れられてないのだろうか?
多分こういった事を考える写真家は写真への思いが少ないように思える。
結局パートナーの写真への理解が大事ではないかと僕は思う。
子どもが生まれたほうがより素晴らしい作品を撮って子供にも尊敬されるような
写真家になろうと考えるほうが自然ではないだろうか。
パートナーに理解があれば、
写真を撮るのだ!と燃えた姿が好きならば時には負担をしょってくれるだろうし、充実して帰ってくれば子供の世話も心を癒しこそすれツライなんて思うことなんてないはずだと思う。僕は愛する人にも、子供にも僕の写真の力の源になってほしいと思う。