<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>所幸則公式サイト</title>
	<atom:link href="http://tokoroyukinori.com/essay/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://tokoroyukinori.com/essay</link>
	<description>所幸則のエッセイ</description>
	<lastBuildDate>Wed, 13 Jul 2011 03:48:18 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.org/?v=3.1.3</generator>
		<item>
		<title>二兎を追うものは一兎をも得ず</title>
		<link>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/07/12/%e4%ba%8c%e5%85%8e%e3%82%92%e8%bf%bd%e3%81%86%e3%82%82%e3%81%ae%e3%81%af%e4%b8%80%e5%85%8e%e3%82%92%e3%82%82%e5%be%97%e3%81%9a/</link>
		<comments>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/07/12/%e4%ba%8c%e5%85%8e%e3%82%92%e8%bf%bd%e3%81%86%e3%82%82%e3%81%ae%e3%81%af%e4%b8%80%e5%85%8e%e3%82%92%e3%82%82%e5%be%97%e3%81%9a/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 11 Jul 2011 15:29:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Tokoro</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tokoroyukinori.com/essay/?p=205</guid>
		<description><![CDATA[諺百科では、こうかいてある。 《読み方》 にとおうものはいっとをもえず 《意味》 同時に二つのものをしようとすると、どちらも成功せずだめになってしまうこと 《使い方》 二兎追うものは一兎をも得ずというが、彼は店を二つとも &#8230; <a href="http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/07/12/%e4%ba%8c%e5%85%8e%e3%82%92%e8%bf%bd%e3%81%86%e3%82%82%e3%81%ae%e3%81%af%e4%b8%80%e5%85%8e%e3%82%92%e3%82%82%e5%be%97%e3%81%9a/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>諺百科では、こうかいてある。</p>
<p><span style="color: #cc00cc;">《読み方》</span><br />
にとおうものはいっとをもえず</p>
<p><span style="color: #cc00cc;">《意味》</span><br />
同時に二つのものをしようとすると、どちらも成功せずだめになってしまうこと</p>
<p><span style="color: #ff00ff;">《使い方》</span><br />
二兎追うものは一兎をも得ずというが、彼は店を二つともつぶしたそうだ</p>
<p>僕はこの二つのものを同時に、とういう定義が難しくてこの言葉がぴったり<br />
にこの状況だと思った事がなかなかない。</p>
<p>人は、幾つもの事を同時になさないと生きていけない。<br />
息をし、水を飲み、食事をし、性行為をして子孫を残す。<br />
そのために、水を確保し、命を守り、食料を奪い合い、自分の伴侶を探し、<br />
原始的な時代でもきりがないほどたくさん有る。</p>
<p>ましてや現代でははるかに沢山の要因を選択していかなければならない。</p>
<p>例えばこういう事例が解りやすい、ある歌手がパリのオペラ座で初日を迎えた。彼女にとって最初で最後かも知れない主役での初日。長年の苦労が報われるかも知れないその日だ。<br />
その時、母親が危篤状態に陥った報が入る。母も彼女の苦労は知っている。<br />
そして彼女は舞台で歌い終え、大喝采を浴びたあと母の死を知る。<br />
よく聞く話。</p>
<p>人は何かを成し遂げたとき何かを犠牲にしてきたとよく呟く。<br />
それは恋愛だったり、お金の誘惑だったり、家族の幸せだったりする。<br />
そして、この言葉、二兎を追うものは一兎をも得ず。<br />
人は沢山の物を捨てている。二つのもののなかの一つなんてことはない。<br />
と僕は思う。だが、僕も一つ決めたことがあった。<br />
お金ではなく、名誉。<br />
お金ではなく、いい作品。<br />
そうやって積み上げてきて今の自分がある。<br />
たまたま、お金が入ってきた事もないではないし、<br />
もともと食べるに困るほどの家庭でもなかったという事もあるだろう。<br />
だが、僕のその生き方は不幸な結果を招く事もある。<br />
今の時代には向いていないのだろう。</p>
<p>両立という言葉がある、文武両道、主婦と家庭の両立。<br />
それを成し遂げたものは賞賛される。</p>
<p>経済とアートの両立もこっち言葉の部類に属するとは思う。</p>
<p>僕はたまたま撮影に行っていたその地が大事な掛け替えのない人から<br />
遠く離れていて、危篤と知ったならば、撮影してから駆けつける可能性が<br />
ないわけではないと思う。しかし日本にいたならば僕は駆けつけると思う。<br />
愛する人が死んでいくのをかつて看取ることが出来なかった若い頃のあの思いは出来るならばもうしたくない。<br />
しかし、看取れなかった人の遺言に近い言葉にずっと縛られて<br />
ここまで写真を撮ってきたという事実も嘘ではない。<br />
だが、それは二兎を追ったなどということとは関係がない。</p>
<p>そして両親は、年老いた親に対する思いは二兎を追うものは一兎をも得ず、<br />
の二兎に数えるべきものにいれるものではないと思う。</p>
<p>親を見捨てたから一つに没頭したとか言うってこと？<br />
だからなに？どっちの作品がいいかだろう。<br />
例えば子供を見捨てたから、良い作家？どちらもいるだろう。<br />
家族を顧みなかったから良い作家？関係ないね。<br />
１００人の女を不幸にしてきた、だともっとスキャンダラスだというのか？</p>
<p>そんな考え方に聞こえる。</p>
<p>例えば、親が進路に反対している。１２０％反対している。<br />
だけどどうしても反対されてる道に進みたい。<br />
どっちにもいい顔をして、中途半端になってしまう。<br />
これは不幸だ。まさに、二兎を追うものは一兎をも得ず、かもしれない。</p>
<p>だけど、その親を説得する。どんなに難しくても説得して好きな道をすすむ。<br />
これは二兎を追うとは違うことだと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/07/12/%e4%ba%8c%e5%85%8e%e3%82%92%e8%bf%bd%e3%81%86%e3%82%82%e3%81%ae%e3%81%af%e4%b8%80%e5%85%8e%e3%82%92%e3%82%82%e5%be%97%e3%81%9a/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>写真とは、芸術とは、表現とは？</title>
		<link>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/06/27/%e5%86%99%e7%9c%9f%e3%81%a8%e3%81%af%e3%80%81%e8%8a%b8%e8%a1%93%e3%81%a8%e3%81%af%e3%80%81%e8%a1%a8%e7%8f%be%e3%81%a8%e3%81%af%ef%bc%9f/</link>
		<comments>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/06/27/%e5%86%99%e7%9c%9f%e3%81%a8%e3%81%af%e3%80%81%e8%8a%b8%e8%a1%93%e3%81%a8%e3%81%af%e3%80%81%e8%a1%a8%e7%8f%be%e3%81%a8%e3%81%af%ef%bc%9f/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 27 Jun 2011 11:52:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Tokoro</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tokoroyukinori.com/essay/?p=199</guid>
		<description><![CDATA[なにゆえ人は、過去の写真家の言葉に縛られるのだろうと、僕は悩む。 フォトグラフというもの自体が、科学技術の進歩や、人間がどう使うのかによ って大きく変化する表現形態なのだ。かつてはきちんと人と判別できるように 撮るには、 &#8230; <a href="http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/06/27/%e5%86%99%e7%9c%9f%e3%81%a8%e3%81%af%e3%80%81%e8%8a%b8%e8%a1%93%e3%81%a8%e3%81%af%e3%80%81%e8%a1%a8%e7%8f%be%e3%81%a8%e3%81%af%ef%bc%9f/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>なにゆえ人は、過去の写真家の言葉に縛られるのだろうと、僕は悩む。<br />
フォトグラフというもの自体が、科学技術の進歩や、人間がどう使うのかによ<br />
って大きく変化する表現形態なのだ。かつてはきちんと人と判別できるように<br />
撮るには、被写体は数時間じっと停止していなければならない時代もあり、中<br />
判カメラや35mmのカメラが生まれる以前は、ピントや露出を素早くあわせて素<br />
晴らしいスナップを撮るのは非常に困難な時代もあった。</p>
<p>そのころ、こういう言葉を放った人もいた。例えば、ロバート・キャパ。「写<br />
真を芸術であるという人はアマチュアである。偉大な人はそれを専門の職業だ<br />
と答える。」かの時代にこの言葉を使った彼は、死を恐れず戦場で写真を撮り<br />
散っていった。説得力のある言葉だと思う。だが、それはあくまでその時代を<br />
考え合わせて読むから説得力があるのである。</p>
<p>例えば絵画もそうだ。その昔、絵や彫刻はうまい人が少なかった。絵だけ描い<br />
ていられる人間自体がほとんど存在しなかったから。上手いだけでも天才と言<br />
われたりもした。もちろん歴史に耐え、現代においても素晴らしいとされる美<br />
術作品は、上手いだけで残ってこれたわけではない。</p>
<p>だが、現代においてはうまい人は毎年何万人、何十万人と輩出される。これも<br />
時代の変化により、美術においての評価の方向性が変わっていった理由でもあ<br />
る。美術の世界のこの話をちゃんと書くと、それこそ一冊の本ができてしまう<br />
ので、このあたりでやめておくが。</p>
<p>写真の話に戻そう。現代において、写真の専門的な技術は、カメラ本体の機能<br />
やアプリケーションソフトに置き換わっているという事実を認めなければいけ<br />
ない。今はだれでも、素早くピントが合って露出もバッチリな写真が撮れるの<br />
である。もちろん、フレーミングやシャッターをいつ押すか、何を撮るのかは<br />
撮影者が決めるのだけれども。</p>
<p>そして、こういう言葉を持ち出す人もいる。「写真はすべてドキュメント、手<br />
法はおまけ」。どういう文脈のなかで使われたのかは知らない。しかし、こう<br />
いう言葉と「写真を芸術であるという人はアマチュアである。偉大な人はそれ<br />
を専門の職業だと答える」を組み合わせることに意味はない。</p>
<p>この二つの言葉を組み合わせる人の意図は、だいたいにおいてこうだ。写真は<br />
すべてドキュメントであるから、ドキュメント写真家であるロバート・キャパ<br />
のいう写真を、芸術であるという人はアマチュアである。ゆえに、写真はすべ<br />
て芸術ではない、偉大な人はそれを専門の職業だと答える、ということだろう。</p>
<p>要するに、写真において芸術は存在しない、ということを言いたいわけだ。す<br />
べての人ではないけれども、こういうロジックを使いたがる人は、自分の表現<br />
が見つけられなく焦っている人が多いように感じる。</p>
<p>良く考えてみて欲しい。写真機で撮ったものだけがフォトグラフではないけれ<br />
ども、仮に写真機で撮ったものと限定したとしても、存在する物を撮ることし<br />
かできないという意味で言えば、写真はすべてドキュメントである。ただし、<br />
広義な意味で、である。いわゆる、ドキュメンタリー写真と言われるものは狭<br />
義の意味である。</p>
<p>ドキュメントといういう言葉を広義で使えば、もはや絵画も頭に浮かんだ物を<br />
定着させたドキュメントといえる。小説も、ファンタジー、アニメーションも<br />
そう言えなくはないではないか。</p>
<p>日本人だけが過去の人の言葉に縛られるのだろうか？　世界の人もこうなのだ<br />
ろうか？　所幸則としてははちょっと考えてみたい。昔の偉人の言葉が格言と<br />
して使われるのは世界共通だろう。あれは様々な状況で使える汎用性の高い言<br />
葉だからだと思う。</p>
<p>だが、有名な君主論を書いたニッコロ・マキャヴェッリはこう<br />
言った。</p>
<p>何故人々は、過去の偉大な人々の経験を学ぼうとしないのか？　何故くり返し<br />
同じような失敗を繰り返すのだろうか、と。</p>
<p>結局、人間はどこまでも自分の都合のいいようにしか、過去の経験や言葉を解<br />
釈しないものなのかもしれない。所幸則も含めて。</p>
<p>ある出来事が写真の僕の世界を広げてくれた。<br />
作品群、、近々、このことについてブログ<br />
で発表しようとおもっている。<br />
所幸則は個人的に、写真によるアートを探求したい人の応援を所塾でやっ<br />
ている。働きながら写真を学ぶ人でも、お互い時間を調整してできるので、好<br />
評を得ている方法でもある。<br />
&lt; http://ichikojin.sakura.ne.jp/tokorojyuku/ &gt;</p>
<p>今後、東京にいるからとか、地方にいるからとかいうハンデはどんどんなくな<br />
っていくのではないだろうか。そして、3.11被災地の人達の中で写真を志す人<br />
が出て来るような状況になったときにも、役立てるのではないかと思っている。</p>
<p>3.11はまだ終わっていません。<br />
これから救済も支援も始まるといってもいいのです。<br />
みんなの力をあわせましょう。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/06/27/%e5%86%99%e7%9c%9f%e3%81%a8%e3%81%af%e3%80%81%e8%8a%b8%e8%a1%93%e3%81%a8%e3%81%af%e3%80%81%e8%a1%a8%e7%8f%be%e3%81%a8%e3%81%af%ef%bc%9f/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>写真家としての難しい問題？なんだろうか？</title>
		<link>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/06/17/%e5%86%99%e7%9c%9f%e5%ae%b6%e3%81%a8%e3%81%97%e3%81%a6%e3%81%ae%e9%9b%a3%e3%81%97%e3%81%84%e5%95%8f%e9%a1%8c/</link>
		<comments>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/06/17/%e5%86%99%e7%9c%9f%e5%ae%b6%e3%81%a8%e3%81%97%e3%81%a6%e3%81%ae%e9%9b%a3%e3%81%97%e3%81%84%e5%95%8f%e9%a1%8c/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 16 Jun 2011 15:10:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Tokoro</dc:creator>
				<category><![CDATA[Photo]]></category>
		<category><![CDATA[アート]]></category>
		<category><![CDATA[写真哲学]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tokoroyukinori.com/essay/?p=193</guid>
		<description><![CDATA[結婚して、子供ができて、だんだんと自分の自由が効かなくなる という写真人のつぶやきを見た。 しかしそういう考え方は子供 に呪いをかけるようなもの。 ともつぶやいていた。 【いままで以上に努力して、自分の時間を作り出し、撮 &#8230; <a href="http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/06/17/%e5%86%99%e7%9c%9f%e5%ae%b6%e3%81%a8%e3%81%97%e3%81%a6%e3%81%ae%e9%9b%a3%e3%81%97%e3%81%84%e5%95%8f%e9%a1%8c/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>結婚して、子供ができて、だんだんと自分の自由が効かなくなる<br />
という写真人のつぶやきを見た。<br />
しかしそういう考え方は子供 に呪いをかけるようなもの。<br />
ともつぶやいていた。</p>
<p>【いままで以上に努力して、自分の時間を作り出し、撮影にまい進するだけ。あるいは少ない時間で効率良い撮影をすることで目的を 達するという手もあるし。】</p>
<p>こういう考え方も子供を言い訳にしているように思える。<br />
写真を効率的に撮る？こういう考え方は商業的、お仕事的に聞こえる。<br />
愛する人と一緒に暮す、未来を考えると言う事において、より写真に打ち込めるという考えに行かない事は愛した相手がその写真家の写真を愛していないのだろうか？<br />
写真に打ち込むという姿に惚れられてないのだろうか？<br />
多分こういった事を考える写真家は写真への思いが少ないように思える。</p>
<p>結局パートナーの写真への理解が大事ではないかと僕は思う。<br />
子どもが生まれたほうがより素晴らしい作品を撮って子供にも尊敬されるような<br />
写真家になろうと考えるほうが自然ではないだろうか。</p>
<p>パートナーに理解があれば、<br />
写真を撮るのだ！と燃えた姿が好きならば時には負担をしょってくれるだろうし、充実して帰ってくれば子供の世話も心を癒しこそすれツライなんて思うことなんてないはずだと思う。僕は愛する人にも、子供にも僕の写真の力の源になってほしいと思う。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/06/17/%e5%86%99%e7%9c%9f%e5%ae%b6%e3%81%a8%e3%81%97%e3%81%a6%e3%81%ae%e9%9b%a3%e3%81%97%e3%81%84%e5%95%8f%e9%a1%8c/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>AKB48とアートの市場</title>
		<link>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/06/10/akb48%e3%81%a8%e3%82%a2%e3%83%bc%e3%83%88%e3%81%ae%e5%b8%82%e5%a0%b4/</link>
		<comments>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/06/10/akb48%e3%81%a8%e3%82%a2%e3%83%bc%e3%83%88%e3%81%ae%e5%b8%82%e5%a0%b4/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 10 Jun 2011 11:33:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Tokoro</dc:creator>
				<category><![CDATA[Photo]]></category>
		<category><![CDATA[アート]]></category>
		<category><![CDATA[写真哲学]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tokoroyukinori.com/essay/?p=182</guid>
		<description><![CDATA[まず、 僕はAKBに好意も敵意も持っていないことを最初に明言しておきます。 今回Twitter等で知った情報によると４８人程度いるメンバーの中で誰が一番人気があるのか？ということをこのグループは競い合っていて、 投票が行 &#8230; <a href="http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/06/10/akb48%e3%81%a8%e3%82%a2%e3%83%bc%e3%83%88%e3%81%ae%e5%b8%82%e5%a0%b4/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/06/2355421e0900e75de853f46fff810d401.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-186" title="A man in the Inokashira Street　1sec in 1sec" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/06/2355421e0900e75de853f46fff810d401.jpg" alt="A man in the Inokashira Street　1sec in 1sec" width="1000" height="675" /></a>まず、<br />
僕はAKBに好意も敵意も持っていないことを最初に明言しておきます。<br />
今回Twitter等で知った情報によると４８人程度いるメンバーの中で誰が一番人気があるのか？ということをこのグループは競い合っていて、<br />
投票が行われて、歌うときや、踊るときに優先的に上位の物が上にいくそうです。<br />
そしてその投票はCDを買うと中に投票用紙が入っていてその用紙で<br />
投票するシステム。ここまで聞いただけだとファンがCDを買って、<br />
好きなアイドルにより顔がよく映るポジションにいってほしい<br />
というささやかなのぞみが反映されるという事は特に問題視される<br />
ようなことではなかったと思いますし。<br />
考えた人は上手いなと思っていただけで特に僕が興味を<br />
惹かれることもなかったのです、<br />
最近になって知ったのですが、<br />
ファンによっては一人で数百枚買う人も少なくなかったそうで、<br />
今回は５５００枚も同じCDを買う人まで登場したそうです。<br />
それ以外にも２０００枚のCDがゴミ箱に捨てられていたり<br />
数百枚捨てられていたりと１００万枚うれていたとしても実際は５０００人〜１万人程度のファンが多い枚数を買ってミリオンヒット<br />
にしているだけではないかいう話も出てくるほどです。<br />
僕のイメージでは７〜１０万人ぐらいは買っているだろうし、<br />
これだけTVに出ていればCDを買うまではいかないけれどファンかな？<br />
と自覚してる人も２０万人以上はいるのではないかと思ってはいます。</p>
<p>僕がふと思ったことは以前は１００万枚売れたら少なくとも７０万枚は聞きたくて買われていたように思えるのに、（昔からコアなファンは保存用に複数枚買ったりしていたし）<br />
こういう商法だとわかりにくいなと言う事いまは多分おおく見積もっても２０万人程度が聞きたくて買っているだけではないかと思えます。<br />
ですが、CDを売る側としてはそれはどちらでも構わないのですよね、<br />
多く売れないと会社が儲からないから当たり前のことです。<br />
極論を言ってしまえば<br />
一人で１００万枚を買ってくれる誰かの熱狂的でお金持ちのファンが<br />
いて、１０万枚を買ってくれる４８人のメンバーのファンがひとり<br />
ずつ入れば、５８０万枚売れるのですから会社としては最高でしょう。<br />
もちろんプロデュースしてる方はもっと笑いがとまらないでしょう。<br />
ここに衝撃的だなと僕が感じたコメントがあります。<br />
大島優子さんのコメント。<br />
「１人１票ではないのか。<br />
１人で何枚もＣＤを買って本当に総選挙と言えるのか。<br />
いろんなことを言います。ですが、私たちにとって票数は愛です。」<br />
これはAKB信者ならば、</p>
<p>特に大島優子信者でたくさん買ったファンならば感動するでしょうが。<br />
僕には宗教のように感じます。<br />
お布施を沢山持ってきたものがより信心深いというわけです。<br />
AKBは多神教の宗教のようですが、<br />
神々であるメンバーに売上が入るわけではありません。<br />
そこはよく信者の人達も考えてみるといいでしょう。</p>
<p>さて、<br />
僕はこの事を通じてなにか別のことで府に落ちることがありました。<br />
芸術についてです。<br />
ここ最近の芸術とよばれるものは目利きでないと理解が難しいのです。<br />
コンテクスト（文脈）とか、コンセプトとか、言われてもなかなかそこまで読み取る事はできない人がたくさん居ます。<br />
今の芸術家達は大衆がさぼっているといいます。<br />
少し美術の流れを勉強すればとても面白くなるのに、<br />
と言う人はたくさん居ます。<br />
実際そうだとも思う部分もあります。<br />
僕はワンセコンド（１秒）というコンセプトで人間の儚さ、<br />
人間の存在の薄さ、人間はどういうものか、拡大していけば、<br />
街もこの星も全て本当は儚いものなんだ。<br />
そして一枚の写真を通して一秒の時間の流れを目で見て体験してもらおう。<br />
ということをアーティストスティトメントでも書いてあります。<br />
理解してくれる人は随分増えてきた事も事実としてある一方で、<br />
まず理解しようとする人の方が圧倒的に少ない。<br />
ファインアートとしての写真として見るということが殆ど無く、<br />
一番身近な自分たちの記録としての写真にしか殆どの人は興味がない。ましてここは世界最大のカメラ大国である日本ですから、世界的に見てもそれが顕著であることは仕方ないのかも知れません。<br />
それに個人的な写真が大事であるということは間違いがないことであり、それを否定する理由がない。もちろん、僕の一枚の作品のオリジナルプリントを購入して人生観が変わったという人も沢山いますが、<br />
まだまだ微力です。</p>
<p>どうAKBの話と結びつくかというと、アートというものは一部のお金持ちによって支えられているということです。<br />
例えばAKB以前の音楽シーンは１００万人２００万人という大衆に<br />
よって支えられてきました。まさに大衆芸術の代表のようでした、<br />
このAKBのやり方というものは熱狂的な沢山お金を使う人達によって支えられています。<br />
その点ではアートの世界も同じです。熱狂的支持者がパトロンと<br />
呼ばれたり、重要なコレクターとして存在するからこそ芸術家は作品の制作に専念できるのです。<br />
そう考えるとAKBの仕組みはある部分芸術家として良く考えてみる必要があるのかもしれません。<br />
と、僕の頭の中でふと繋がってしまったのです。<br />
日本においては写真芸術はまだ認知されていないと思います。<br />
世界ではそうではありませんが、</p>
<p>ですから日本では沢山雑誌にでて、TVにもラジオにもでる、そういう顔と名前が有名な人のみが写真家として認知されているのが実情です。</p>
<p>アートの見方がわからない人には有名かどうかで判断するしかないからです。<br />
ですが、ギャラリー２１や、東京フォトなどの人はアートとしての写真を解ってもらおうとして努力し続けているので今後少しづつでも目のある人が増えていくと期待しています。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/06/10/akb48%e3%81%a8%e3%82%a2%e3%83%bc%e3%83%88%e3%81%ae%e5%b8%82%e5%a0%b4/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>なにもかも儚い、、</title>
		<link>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/03/09/%e3%81%aa%e3%81%ab%e3%82%82%e3%81%8b%e3%82%82%e5%84%9a%e3%81%84%e3%80%81%e3%80%81%ef%bc%88%e5%8e%9f%e7%a8%bf%e9%80%94%e4%b8%ad%ef%bc%89/</link>
		<comments>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/03/09/%e3%81%aa%e3%81%ab%e3%82%82%e3%81%8b%e3%82%82%e5%84%9a%e3%81%84%e3%80%81%e3%80%81%ef%bc%88%e5%8e%9f%e7%a8%bf%e9%80%94%e4%b8%ad%ef%bc%89/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 09 Mar 2011 10:53:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Tokoro</dc:creator>
				<category><![CDATA[Photo]]></category>
		<category><![CDATA[アート]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tokoroyukinori.com/essay/?p=177</guid>
		<description><![CDATA[今日の夕方、渋谷の道玄坂と東急本店通りを歩いていた。 またビルが消えてることに気がついた。 次はココは何になるのだろう、殆どの人は変化にも気づかない。 都会では人と街との関係がすごく希薄だ、１０９とか、パルコとか、西武と &#8230; <a href="http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/03/09/%e3%81%aa%e3%81%ab%e3%82%82%e3%81%8b%e3%82%82%e5%84%9a%e3%81%84%e3%80%81%e3%80%81%ef%bc%88%e5%8e%9f%e7%a8%bf%e9%80%94%e4%b8%ad%ef%bc%89/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今日の夕方、渋谷の道玄坂と東急本店通りを歩いていた。<br />
またビルが消えてることに気がついた。<br />
次はココは何になるのだろう、殆どの人は変化にも気づかない。<br />
都会では人と街との関係がすごく希薄だ、１０９とか、パルコとか、西武とか、あるいは行きつけのファストショップ、TUTAYA、ならば気づくのだろう。<br />
最近では渋谷のHMVがなくなったときはかなりの人が気づいた。<br />
今回のなくなったビルは渋谷のそんなランドマークなものではない。<br />
僕はそのビルをカメラの画角にいれて撮っていたからわかるだけで全てが儚い。<br />
人の存在も。</p>
<p>やっぱり僕の原点は全てが儚い存在でしかないなかで、<br />
美しくみえる１秒という時間を捕まえていく作業。</p>
<p>写真芸術の現場　所幸則後編</p>
<p>http://polosonearth.com/12/30/%E5%86%99%E7%9C%9F%E8%8A%B8%E8%A1%93%E3%81%AE%E7%8F%BE%E5%A0%B4%E3%83%BB%E6%89%80%E5%B9%B8%E5%89%87%E3%80%90%E5%89%8D%E7%B7%A8%E3%80%91/</p>
<p>写真芸術の現場　所幸則後編</p>
<p>http://polosonearth.com/01/06/%E5%86%99%E7%9C%9F%E8%8A%B8%E8%A1%93%E3%81%AE%E7%8F%BE%E5%A0%B4%E3%83%BB%E6%89%80%E5%B9%B8%E5%89%87%E3%80%90%E5%BE%8C%E7%B7%A8%E3%80%91/</p>
<p>写真芸術の現場　太田菜穂子キュレーターが所幸則の作品を語る。</p>
<p>http://polosonearth.com/05/27/%E5%86%99%E7%9C%9F%E8%8A%B8%E8%A1%93%E3%81%AE%E7%8F%BE%E5%A0%B4%E3%80%80special-interview-vol-3/</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/03/09/%e3%81%aa%e3%81%ab%e3%82%82%e3%81%8b%e3%82%82%e5%84%9a%e3%81%84%e3%80%81%e3%80%81%ef%bc%88%e5%8e%9f%e7%a8%bf%e9%80%94%e4%b8%ad%ef%bc%89/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>写真機材に対する愛着ーその２カメラ編</title>
		<link>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/02/13/%e5%86%99%e7%9c%9f%e6%a9%9f%e6%9d%90%e3%81%ab%e5%af%be%e3%81%99%e3%82%8b%e6%84%9b%e7%9d%80%e3%83%bc%e3%81%9d%e3%81%ae%ef%bc%92%e3%81%ae%ef%bc%92/</link>
		<comments>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/02/13/%e5%86%99%e7%9c%9f%e6%a9%9f%e6%9d%90%e3%81%ab%e5%af%be%e3%81%99%e3%82%8b%e6%84%9b%e7%9d%80%e3%83%bc%e3%81%9d%e3%81%ae%ef%bc%92%e3%81%ae%ef%bc%92/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 13 Feb 2011 06:38:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Tokoro</dc:creator>
				<category><![CDATA[Photo]]></category>
		<category><![CDATA[アート]]></category>
		<category><![CDATA[写真哲学]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tokoroyukinori.com/essay/?p=151</guid>
		<description><![CDATA[「写真機材に対する愛着」カメラ編 僕は写真歴40年のなかで、 じつはカメラにはそれほど思い入れがなく過ごしてきた あまり愛着を感じないのが不思議だ。子ども時代に出会った、 いくつかのカメラの思い出に影響されているのかもし &#8230; <a href="http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/02/13/%e5%86%99%e7%9c%9f%e6%a9%9f%e6%9d%90%e3%81%ab%e5%af%be%e3%81%99%e3%82%8b%e6%84%9b%e7%9d%80%e3%83%bc%e3%81%9d%e3%81%ae%ef%bc%92%e3%81%ae%ef%bc%92/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「写真機材に対する愛着」カメラ編</p>
<p>僕は写真歴40年のなかで、<br />
じつはカメラにはそれほど思い入れがなく過ごしてきた<br />
あまり愛着を感じないのが不思議だ。子ども時代に出会った、<br />
いくつかのカメラの思い出に影響されているのかもしれない。</p>
<p>最初のカメラは、カメラの形はしているがレンズもガラスのもので<br />
はなく、もしかしたらただの穴だった可能性もある。シャッター速<br />
度も125分の1秒しかなく、絞りもF11相当のところでしか撮れない<br />
ようなおもちゃだった。<br />
最近流行っているトイカメラは、それから比べれば立派なカメラに<br />
しかみえない。</p>
<p>フィルムも6×6のフィルム（ブローニーもしくは中判）を暗室で<br />
カットし、暗室で装填するのだ。だから一枚しか切れない。そんな<br />
面倒な思いをして一枚。<br />
自分の家の近くに顔見知りの写真館があって、優しいおじさんだっ<br />
たのでやらせてもらえたようなものだ。<br />
幼なじみのみゆきちゃんを、晴れた日差しの中で何度か撮ったピン<br />
ぼけの写真がうっすらと記憶にあるが、それが小学4～5年だったと<br />
思う。</p>
<p>そういう僕を見かねて、父がカメラを買ってくれることになった。<br />
全メーカーのその年のカメラが全部のっている本が近くのカメラ屋<br />
にあって、そこから選んだのはリコーのオートハーフというカメラ<br />
だった。<a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/autof54-1.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-158" title="autof54-1" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/autof54-1.jpg" alt="" width="300" height="199" /></a><br />
理由は24枚撮りフィルムで48枚撮れるということ。36枚のフィルム<br />
なら72枚だ。<br />
しかもフィルムを巻き上げる必要がなかった。<br />
ゼンマイ式のモータードライブのような感じ、というと言い過ぎか。<br />
小学生にはフィルムは高価だったから、とにかくハーフサイズで沢<br />
山撮りたかったのだ。</p>
<p>当時男の子と言えばカメラにオーディオ、バイク（もしくは車）に<br />
非常に憧れがあった。なぜあのころみんなが機械ものに興味があっ<br />
たのかよくわからない<br />
が、僕も例外ではなかった。思春期の男の子の性（さが）みたいな<br />
ものだろう。<br />
中学入学祝いで初めての一眼レフカメラを買ってもらった。<br />
ブラックボディで一眼レフならなんでもよかったのだが、YASHICA<br />
を選んだ。<a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/tlx01-1.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-159" title="tlx01-1" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/tlx01-1.jpg" alt="" width="450" height="422" /></a><br />
ニコンやキヤノンのブラックボディは高かったからという理由もあ<br />
る。</p>
<p>こういうラフなカメラ選びに、僕がそれほどカメラに愛着を感じて<br />
生きてこなかったルーツがあるように思う。<br />
ようするに写真という不思議なものへの好奇心のみだった。<br />
父親が愛機にライカとか持っていれば、カメラに惚れていて、僕の<br />
人生も方向性も変わってしまったかもしれない。<br />
いい方に変わったのかどうなのかは、見当もつかないけれど。<br />
<a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/ibi-0236_1.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-160" title="ibi-0236_1" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/ibi-0236_1.jpg" alt="" width="640" height="480" /></a><br />
近所のカメラ屋のおじさんが愛用してるのがペンタックスだったし、<br />
同級生に数人ペンタックスを持ってる者がいて、自分のカメラがペ<br />
ンタックスと同じマウントのおかげで、レンズが借りられて良かっ<br />
たと思っていた。</p>
<p>しかし、半年もたってクラスメートの知り合いも増えだすと、6年<br />
制中高一貫教育の私学ゆえ金持ちの家庭の子が多く、本気の趣味で<br />
もないのにニコン、キヤノン、ライカを持っている同級生が多いこ<br />
とに気づいてきた。彼らの半数は父親との共有だと思われたが、<br />
ちょっと羨ましかった。</p>
<p>僕はカメラよりも、写真はどうやって写真になるのかということに<br />
強く興味を持ち始めた。写真という物は印画紙に焼き付けられて初<br />
めて写真と実感していた。家に暗室を作って、フジの大きな引き伸<br />
ばし機やフィルム現像用のタンクなどを揃え、中学3年ぐらいには<br />
カラープリントまで始めていた。<a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/483f50b9c24ce42d4c1130f43671cdd9.gif"><img class="aligncenter size-full wp-image-161" title="引伸機 FD690" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/483f50b9c24ce42d4c1130f43671cdd9.gif" alt="" width="93" height="180" /></a></p>
<p>そのころになると、少し気に入ったデザインのカメラがでてきた。<br />
オリンパスOM-1だった。レンズマウントのところにシャッタースピー<br />
ドダイヤルがあって、とても機能的に思えたこともあり購入した。<br />
オリンパスが気に入ったのは、XAというポケットにもスルっと入る<br />
格好よくていつでも持ち歩ける35mmフィルムのカメラなんかも出し<br />
ていて、チャレンジしているイメージがあったからだ。<br />
<a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/thumbnail.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-162" title="thumbnail" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/thumbnail.jpg" alt="" width="198" height="148" /></a><br />
その後、露出方式が革新的と言われるOM-2が出て、親に無理を言っ<br />
て買ってもらった。有頂天だった僕は、親友と出雲に撮影旅行に出<br />
かけたが、バス停に買ってもらったばかりのOM-2を忘れてきてしまっ<br />
た。非常にショックだったのを覚えてるし、そのバス停はいまでも<br />
うっすらと映像として浮かんでくる。高校になると、写真部という<br />
ものに顔を出すようになる。<br />
<a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/pop22_om2.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-163" title="pop22_om2" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/pop22_om2.jpeg" alt="" width="480" height="360" /></a><br />
暗室もあったが部員が多かったので順番待ちが面倒とゆう理由で、<br />
僕は暗室作業ほとんど自宅でやっていた。坊ちゃん学校のせいか、<br />
写真部員の自前カメラは、ニコンの当時のフラッグシップ機F2フ<br />
ォトミックかフォトミックSだった。さらにキヤノン軍団のF-1で<br />
ある。</p>
<p>確かに高級そうではあるけれど、なにか無骨な感じで僕はあまり好<br />
きではなかった。たまたまコンタックスRTSのカタログを見た時、<br />
美しいカメラだなと思った。ポルシェデザインで、レンズもカール<br />
ツアイスという西ドイツの香りもたまらなかった。碁石の形を少し<br />
小さくしたようなシャッターボタンも独特で、シャッターストロー<br />
クも短く、触れればシャッターが切れる。そういう感じだった。<br />
<a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/DSCN4555.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-164" title="DSCN4555" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/DSCN4555.jpeg" alt="" width="400" height="265" /></a><br />
問題は、高校生にとって高過ぎる価格だ。モータードライブのデザ<br />
インは、当時の日本のメーカーにはない人間の指に綺麗におさまる<br />
曲線だった。これが高かった。レンズも欲しいものは8万から40万、<br />
全部で80万ぐらいしただろうか。とても親に言える額ではない。</p>
<p>僕の中一からの親友で悪友が、パチプロの息子だった。医者や弁護<br />
士の親が多かった同級生のなかでは異色の存在だったが、男から見<br />
てもとても格好良くいい奴だった。当時は、まだパチンコが今のよ<br />
うな博打性が高くなる前。<br />
釘さえ読めて、正確に打てればかなりの確率で勝てるという時代だっ<br />
た。その悪友と、中学3年のころからパチンコ屋にいって、釘を見<br />
てもらい少し稼いでいた僕は、バイクも自分専用のガレージも持っ<br />
ていた。</p>
<p>バイクはDT-90から、RG-50、そしてCB400FOUR-Iへと移り変わった。<br />
ただし暴走族ではないし、暴力的でもない。ものすごく不良でもな<br />
くても、そういう男の子が生息していた時代だ。<br />
<a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/13.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-165" title="13" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/13.jpeg" alt="" width="640" height="480" /></a><br />
ボディだけは親に買ってもらい、バイクにお金を使わなくなった<br />
僕はカメラ機材につぎ込むことにした。その間に、アサヒカメラで<br />
木村伊兵衛の写真を見て、GOROという雑誌で女性の写真を見て、ス<br />
ナップショットとポートレートを本気で撮っていた、と僕は思って<br />
いる。</p>
<p>あらゆる高校に出向き、いいなと思った子にモデルを頼んだりして<br />
いたので、それらの高校の男子に取り囲まれたり、待ち伏せされた<br />
りしたこともある。</p>
<p>僕がコンタックスRTS所有している時期に大学入試があった。使っ<br />
ているカメラはと面接で聞かれて、コンタックスですと答えると、<br />
それならバイトばかりして写真を撮らないような学生にはならない<br />
ねと言われた。推薦入試みたいなものだったし、たぶんコンタック<br />
スで受かったのではと思う。</p>
<p>大学生の時にキヤノンF-1も買う。モータードライブ付けると格好<br />
良かったからだ。授業で4×5の実習があると聞いて、みんなと貸し<br />
借りしながら練習するのは効率がわるいと思って4×5と三脚を買う。<br />
これは今でも所有している貴重なものだ。<br />
<a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/CANON_F1.jpeg"><img class="aligncenter size-full wp-image-166" title="CANON_F1" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/CANON_F1.jpeg" alt="" width="679" height="455" /></a><br />
大学を卒業後、フリーになってハッセルブラッドも買う。ファッ<br />
ションモールのポスターや小冊子を作る仕事でマカオロケに行った<br />
ときは、あまりに多湿だったせいかでコンタックスRTSのシャッター<br />
がおかしくなった。3台持っていったのに3台とも調子が悪い。ハッ<br />
セルを持っていたから、なんとか仕事をやり遂げられてほっとした<br />
が、プロの仕事では壊れにくいカメラにするべきだとその時思った。<br />
<a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/DPP_30012.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-167" title="DPP_30012" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/DPP_30012.jpg" alt="" width="444" height="333" /></a><br />
日本に帰ってコンタックスをメインテナンスにだした後、ニコンF2<br />
フォトミックに全部買い換える。<br />
<a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/NikonF2sbig.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-168" title="NikonF2sbig" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/NikonF2sbig.jpg" alt="" width="360" height="400" /></a></p>
<p>ニコンF3、FUJIFILM-GA645Zi、ト<br />
ヨビュー4×5、5×7、8×10、ホースマン4×5、5×7、8×10、その<br />
後ぱっと思いつくだけでもこれだけのカメラを使ってきたが壊れた<br />
ものは捨て、レンズ関係は回りにあげるか売り払った。<br />
<a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/img229.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-169" title="img229" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/img229.jpg" alt="" width="403" height="604" /></a><a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/ga645zi.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-170" title="ga645zi" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/ga645zi.jpg" alt="" width="600" height="400" /></a><br />
僕が部屋にモノが増えていくことが嫌な性格だというのもあるだろ<br />
う。今となっては残っているのは、ニコンF3と巻き上げレバーの壊<br />
れかけたハッセルブラッド500CM、そしてFUJIFILM-GA645Ziぐらい<br />
だ。</p>
<p>ニコンF2フォトミックは、モータードライブ付きで身近な人に渡し<br />
てある。フォトグラファー仲間は、随分昔からのカメラを抱えて生<br />
きているようだ。多分コンタックスRTSがプロの撮影で酷使しても<br />
平気なカメラだったら愛着を持って今も大事にしていたかもしれな<br />
いがこれも運命なのだろう。</p>
<p>そして、カメラはとうとうデジタルカメラの時代になる。遊びで使<br />
うカメラは、QV-10からCOOLPIX950まであらゆるメーカーのものを<br />
使っていたが、いよいよ作品レベルの撮影にまで使えるカメラが出<br />
てきたので、ある日ナショナルフォトにその時点での最高機種2台<br />
を並べてもらった。ニコンとキャノンだった。</p>
<p>交換レンズをたくさん所有しているニコンに少し気持ちが傾いたし、<br />
事前調査では4対6でニコンお薦め派が多かったのだけれど、ファイ<br />
ンダーの見やすさ、広さでキヤノンにした。レンズも買い直しだっ<br />
たが、そんなに本数を多用するタイプではなくなっていたので支障<br />
もなかった。<br />
<a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/EOS1DS-MARKII-50-FRT-200_tcm14-230227.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-171" title="EOS1DS MARKII 50 FRT 200_tcm14-230227" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/EOS1DS-MARKII-50-FRT-200_tcm14-230227.jpg" alt="" width="200" height="207" /></a><br />
ここでも、メーカーに対する思い入れより、現実に目の前のカメラ<br />
が快適かどうかで判断した結果だ。フラッグシップ機だけあって、<br />
故障も6年使ってほぼなかった。それでも、時代遅れになっても手<br />
元に残したいと思うまでには至らない。</p>
<p>そして今、DP-1というカメラを大事にしている。これは初めて今の<br />
所幸則の作風に行き着いたカメラだからだ。デザインもすごく気に<br />
入っている。現在はDP-1ｘとα900が中心になっているが、もっと<br />
<a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/sigma.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-174" title="sigma" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/sigma.jpg" alt="" width="500" height="338" /></a></p>
<p><a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/cc80d9f7ca20ed556ba5b477418d1908.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-175" title="α９００" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/02/cc80d9f7ca20ed556ba5b477418d1908.jpg" alt="" width="500" height="411" /></a></p>
<p>も愛着があるのは初代DP-1だ。ここまでの愛着感を持ったのは初めてかもしれない。α900もレンズがカール・ツァイスをチョイスできるということもあり、次世代<br />
機のデザインによっては僕にとってのコンタックスRTSのような存<br />
在になるかもしれない。</p>
<p>今後自分のカメラに対する意識がどうなっていくのか楽しみだ。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/02/13/%e5%86%99%e7%9c%9f%e6%a9%9f%e6%9d%90%e3%81%ab%e5%af%be%e3%81%99%e3%82%8b%e6%84%9b%e7%9d%80%e3%83%bc%e3%81%9d%e3%81%ae%ef%bc%92%e3%81%ae%ef%bc%92/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>写真機材に対する愛着ーその２の１</title>
		<link>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/01/26/%e5%86%99%e7%9c%9f%e6%a9%9f%e6%9d%90%e3%81%ab%e5%af%be%e3%81%99%e3%82%8b%e6%84%9b%e7%9d%80%e3%83%bc%e3%81%9d%e3%81%ae%ef%bc%92no/</link>
		<comments>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/01/26/%e5%86%99%e7%9c%9f%e6%a9%9f%e6%9d%90%e3%81%ab%e5%af%be%e3%81%99%e3%82%8b%e6%84%9b%e7%9d%80%e3%83%bc%e3%81%9d%e3%81%ae%ef%bc%92no/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 26 Jan 2011 08:41:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Tokoro</dc:creator>
				<category><![CDATA[Photo]]></category>
		<category><![CDATA[アート]]></category>
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tokoroyukinori.com/essay/?p=143</guid>
		<description><![CDATA[その１では三脚について書いた。 やっぱりカメラについて書かないとおかしいだろうと思う。 僕の写真歴４０年になかで一番最初に長く使える カメラから入っていなかったという 事が影響されてるのかもしれない。 当時カメラの形はし &#8230; <a href="http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/01/26/%e5%86%99%e7%9c%9f%e6%a9%9f%e6%9d%90%e3%81%ab%e5%af%be%e3%81%99%e3%82%8b%e6%84%9b%e7%9d%80%e3%83%bc%e3%81%9d%e3%81%ae%ef%bc%92no/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>その１では三脚について書いた。<br />
やっぱりカメラについて書かないとおかしいだろうと思う。</p>
<p>僕の写真歴４０年になかで一番最初に長く使える カメラから入っていなかったという<br />
事が影響されてるのかもしれない。<br />
当時カメラの形はしているがレンズもガラスのものではなくもしかしたら<br />
ただの穴だった可能性もある。シャッター速度も１２５分の一秒しかなく、<br />
絞りもF１１相当のところでしか写真がとれないようなおもちゃのカメラだった。<br />
最近はやったトイカメラはそれから比べれば立派なカメラにしかみえない。<br />
フイルムも６×６のフイルム（ブローニーもしくは中判）を暗室でカットし<br />
暗室で装填するのだ。だから一枚しか切れない。<br />
そんな面倒な思いをして一枚。近くに顔見知りの写真館があったし、<br />
優しいおじさんだったのでやれたようなものだ。<br />
幼なじみのみゆきちゃんを晴れた日差しの中で何度か撮ったピンぼけの写真がうっすらと記憶にあるが 、それが小学４〜５年だったと思う。</p>
<p>それを見かねて父がカメラを買ってくれることになったが、<br />
全メーカーのその年のカメラが全部のっている本が近くのカメラ屋にあって<br />
そこから選んだのはリコーのオートハーフというカメラだった。<br />
理由は２４枚どりで４８枚撮れるとうこと。３６枚のフィルムなら７２枚だ。<br />
しかもフイルムを巻き上げる必要がなかった。<br />
ゼンマイ式のモータードライブのような 感じというと言い過ぎか。<br />
小学生にはフィルムは高価で、沢山撮りたかったんだろう。<br />
つまり、写真が撮りたいだ動機で始まったのだ。<br />
男の子は普通機械物が好きだ、カメラ　オーディオ　バイク　車　そして<br />
その機能美と性能両方に魅了されて買う事が多い。時計なども大人の男には<br />
たまらなかったりする。</p>
<p>僕は１台目も２台目もそうではなかった。<br />
一台目は写真が撮れるし安い（２５０円）から、という理由だった。<br />
２台目も高いカメラではなく（１２８００円）お小遣いを考えて沢山撮れる<br />
という理由でハーフサイズだった。<br />
中学入学祝いでは初めての一眼レフカメラを買ってもらった。<br />
レンズが交換できないことがリコーのオートハーフの弱点だった、、<br />
それでもブラックボディで一眼レフなら安いものでよかったのでYASHICA<br />
をえらんだ。ニコンやキャノンのブラックボディは高かったからというのも<br />
ある。もちろん現在持っていないのでこの写真はネットで見つけた画像です。<a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/01/tlx01.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-145" title="ヤシカTLエレクトロX ITS" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2011/01/tlx01.jpg" alt="" width="450" height="422" /></a><br />
ここにカメラにそれほど愛着を感じて生きてこなかったルーツがあるように思う。<br />
父親が愛機にライカとか持っていれば僕の人生も方向性も変わってしまったかもしれない。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/01/26/%e5%86%99%e7%9c%9f%e6%a9%9f%e6%9d%90%e3%81%ab%e5%af%be%e3%81%99%e3%82%8b%e6%84%9b%e7%9d%80%e3%83%bc%e3%81%9d%e3%81%ae%ef%bc%92no/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>写真機材に対する愛着ーその１</title>
		<link>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/01/23/%e5%86%99%e7%9c%9f%e6%a9%9f%e6%9d%90%e3%81%ab%e5%af%be%e3%81%99%e3%82%8b%e5%9f%b7%e7%9d%80%ef%bc%9f/</link>
		<comments>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/01/23/%e5%86%99%e7%9c%9f%e6%a9%9f%e6%9d%90%e3%81%ab%e5%af%be%e3%81%99%e3%82%8b%e5%9f%b7%e7%9d%80%ef%bc%9f/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 23 Jan 2011 03:46:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Tokoro</dc:creator>
				<category><![CDATA[Photo]]></category>
		<category><![CDATA[アート]]></category>
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tokoroyukinori.com/essay/?p=120</guid>
		<description><![CDATA[最近昔からの写真機材の整理をしてた。 相変わらずすごいなと思ったのがジッツオの三脚だ。 購入後２５年近くたっているというのに、いまだにビクともしないこの無駄なぐらいの頑丈さ。この余裕のある頑強さが世界中の 写真家に愛され &#8230; <a href="http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/01/23/%e5%86%99%e7%9c%9f%e6%a9%9f%e6%9d%90%e3%81%ab%e5%af%be%e3%81%99%e3%82%8b%e5%9f%b7%e7%9d%80%ef%bc%9f/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>最近昔からの写真機材の整理をしてた。<br />
相変わらずすごいなと思ったのがジッツオの三脚だ。<br />
購入後２５年近くたっているというのに、いまだにビクともしないこの無駄なぐらいの頑丈さ。この余裕のある頑強さが世界中の 写真家に愛される所以だろう。</p>
<p>僕のものも購入当時一番巨大な足（据え置きタイプ以外で）と一番大きな雲台、８×１０用にとにかく大きな物を付けても、 人間がのっても壊れないものがほしかった、試しに３人乗ってみたけどこわれませんでした。かわりにぶつかった 軽自動車を壊したことがある。。僕のジッツオはカーボン製とかじゃない鋼鉄製だたぶん（苦笑）<br />
しかしこのジッツオは重い。。これと８×１０のカメラと、カットホルダーを一人で持って歩ける人はそうはいない 。格闘家の魔裟斗でも元野球選手の清原でも２～３日でいやになりそうだ。<br />
しかし、今の時流からいくとこんなに重い三脚はいらないというのがながれのようだ。昔のハスキーでさえ重いと思ってそうだ。三脚は重くて丈夫だからこそ、ブレないし。役にたつのだけれど、、今は高級品だとカーボン製とかのジッツオがあるらしいけれど、軽い三脚は風が吹いたらブレるんだよ？だけどカメラ側に自動手ブレ補正があるからいいということなのかな？<br />
実際、コンパクトデジタルカメラで楽しく写真ライフを満喫してる人にとっては三脚は極限まで軽くていいし。高感度化はうれしいし、ぶれないようにカメラメーカーがしてくれれば幸せだと思うよ。<br />
ただ、みんながみんな同じ方向を向く傾向が多いこの国、そしてメーカーやマスコミの流行のコントロールにみんながみんな同調しないでいてほしいな。</p>
<p>ともあれ数少ない僕の愛着ある写真機材の一つが三脚である。残念なことに三脚はハスキーもジッツオも日本製ではない。ハスキー３１年、ジッツオは２７年愛用している。<br />
日本のメーカーのものも実は２度買ったことがあるが、２年で壊れたので愛着はわかなかった。残念。日本の三脚メーカーさんにも頑張ってほしいんです。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2011/01/23/%e5%86%99%e7%9c%9f%e6%a9%9f%e6%9d%90%e3%81%ab%e5%af%be%e3%81%99%e3%82%8b%e5%9f%b7%e7%9d%80%ef%bc%9f/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>夢を追いかける</title>
		<link>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2010/12/05/%e5%a4%a2%e3%82%92%e8%bf%bd%e3%81%84%e3%81%8b%e3%81%91%e3%82%8b/</link>
		<comments>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2010/12/05/%e5%a4%a2%e3%82%92%e8%bf%bd%e3%81%84%e3%81%8b%e3%81%91%e3%82%8b/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 05 Dec 2010 06:21:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Tokoro</dc:creator>
				<category><![CDATA[Photo]]></category>
		<category><![CDATA[アート]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tokoroyukinori.com/essay/?p=117</guid>
		<description><![CDATA[NYからの飛行機の中で『RAIL WAYS(レイルウェイズ)』という映画を見た、 ４９才まで一流の企業で働いていて、ふとした友人の死をきっかけに こどもの頃から高校まで持っていた夢の事をわすれてしまっていたことに気づいた &#8230; <a href="http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2010/12/05/%e5%a4%a2%e3%82%92%e8%bf%bd%e3%81%84%e3%81%8b%e3%81%91%e3%82%8b/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div>
<div>
<div>NYからの飛行機の中で『RAIL WAYS(レイルウェイズ)』という映画を見た、<br />
４９才まで一流の企業で働いていて、ふとした友人の死をきっかけに<br />
こどもの頃から高校まで持っていた夢の事をわすれてしまっていたことに気づいた男。</p>
<p>その時、初めて母親の愛の深さに気づいた事とくろすしてもうじき亡くなる母の元に帰り、子供の頃からの夢であった電車の運転士になるはなし。どうせ退屈そうな映画だろうと思いながら飛行機の中で、見る物がなく見てみました。<br />
良い映画だった。<br />
泣いてしまった、、こういう映画を見て泣くのは同い年だからなのか、<br />
それとも今、僕の母も弱って帰ろうかどうしようか悩んでいるからだろうか。<br />
僕も今は一人息子であり、両親がかなり高齢で心配なのである。</p>
<p>ただ、僕には今のところ地元に夢になるような職がない。<br />
だけど両親がいなければ僕はもともと存在もしていない。<br />
そして両親が僕の背中を押さなければまちがいなく写真家にもなっていない。</p>
<p>しかし、『RAIL WAYS(レイルウェイズ)』の中で、母は息子が好きな事をやっているのを見せてくれるのが一番嬉しいという。<br />
『RAIL WAYS』では母の側である地元に主人公の好きな夢の職場があった。<br />
ぼくには今のところ写真以外にはないのだ。<br />
だけれどもあんなに良い両親をみとる事も出来ないのでは、後悔するだろう僕もいる。</p>
<p>僕はどうすればいいのだろう。</p>
<p>ここからはコメントをくれた方とその返答。</p>
</div>
</div>
</div>
<div>
<div>
<p>１）ご両親の件、難しい問題ですよね。どんな事でもそうですけど、自分の思った道を進む限り、その過程で色んな犠牲を伴わなくてはいけないような気がします。今回の件に限らず所さんも今までも色んなものを犠牲にして自分の道を進んでこられたのではないでしょうか。<br />
そしてこれからもずっと同じように続いていくのではないかと思います。<br />
それが人生なんじゃないでしょうか。<br />
すぐ結論が出ない事ですし、今は悩みながらも前に進むしかないと思います。<br />
なんか年下なのに生意気言ってすみません。<br />
ただ一ファンとしてはこれからも素敵な写真を見続けたいと思います。<br />
上手くまとめられなくて何言ってるのか分からなくなってきちゃいました。すみません。</p>
</div>
</div>
<div>
<div>Re:ありがとう、ずっとそうだっと思います。僕は写真のためにいろんな物や人を犠牲にしてきた<br />
と思います。一番は両親や家族でしょう。<br />
ただ、僕の目標値に届きそうもないなら僕の余生は両親を診る事かもしれないとも思っていますし。しばらく悩み続けるしかないんだろうね。</div>
</div>
<div>
<div>２）私のように海外に居ると諦めが生まれてしまいます。<br />
ただ、看取れたからこその痛みもあるし、死に目にあえなかったからこその辛さもありますから・・・。どちらが正解なのかはその人にだって解らないと思います。<br />
人生に目標があるのであれば、それに向かって進んで欲しいと思うのが親心だと思います。<br />
そして、自分の子供にも同じように背中を押してやるのが本当の意味での「孝行」なのではない<br />
でしょうか。<br />
なんだか生意気言ってゴメンナサイ。<br />
所幸則さんにとって最良の道が見つかることを心から願っています。</div>
<div>Re:僕は今現在日本にいます。少しくるかさんとは状況が違うというのもあります。</div>
<div>そして両親は目標があるなら帰って来なくていいとも言ってくれていますが、</div>
<div>さすがにもう死期もそう遠くないのは最近会ってみて凄く感じています。</div>
<div>それは遠いとはいっても日本に住んでいるから感じてしまうのです。</div>
<div>そして、近くに住んでいてくれるならうれしい。</div>
<div>とポツリと言ったのを僕は覚えています。</div>
<div>だけどありがとう。</div>
</div>
<div>３）私も地元に母がいる。以前電話がかかってきて「あんた美術やってるんなら所さんて人しっとる？おばあちゃんがその人 のお母さんを知っていて、写真家さんなんやって」「え？？所さんて所幸則さん！ﾏｻｶ」もう１５年以上前の話だが貴方の作品の大ファンだった私が貴方と同 郷だと知った時は滅茶苦茶嬉しかったな。貴方は間違いなく地元の星だ。いつの時代も貴方の作品には引き込まれてしまいますね、不思議な人･･。</div>
<div>Re:その話聞いた事があるような気がしますはっきり憶えてはいませんけれど。<br />
世間は狭いですね。<br />
地元の星ですか、写真界ではそういうことだとおもいます。</div>
<div>大阪芸術大学の写真学科の星的な言われ方も最近されているようですが、特になにもないですね。ですが地元からなにも言って来てくれないのが寂しくもあります。渋谷の町内会の方や、渋</div>
<div>谷区の方がアプローチがあるんですよね。僕はいつか高松から写真を撮ってくれないかという話<br />
が来ないかなと思ったりしています。多分来ないんだろうな。</div>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2010/12/05/%e5%a4%a2%e3%82%92%e8%bf%bd%e3%81%84%e3%81%8b%e3%81%91%e3%82%8b/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>NYへの想い</title>
		<link>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2010/11/29/ny%e3%81%b8%e3%81%ae%e6%83%b3%e3%81%84/</link>
		<comments>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2010/11/29/ny%e3%81%b8%e3%81%ae%e6%83%b3%e3%81%84/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 29 Nov 2010 04:45:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Tokoro</dc:creator>
				<category><![CDATA[Photo]]></category>
		<category><![CDATA[アート]]></category>
		<category><![CDATA[世界での体験]]></category>
		<category><![CDATA[写真哲学]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tokoroyukinori.com/essay/?p=96</guid>
		<description><![CDATA[パリへの想いでも書いたが、 極東の地に生まれた僕に取って、パリとニューヨークにもっとも想い入れがある。 特にニューヨークはアメリカの象徴。 僕が子供の頃とっくに戦後という時代は通りすぎていてた。 それでも外国人を見ると自 &#8230; <a href="http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2010/11/29/ny%e3%81%b8%e3%81%ae%e6%83%b3%e3%81%84/">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>パリへの想いでも書いたが、<br />
極東の地に生まれた僕に取って、パリとニューヨークにもっとも想い入れがある。</p>
<p>特にニューヨークはアメリカの象徴。<br />
僕が子供の頃とっくに戦後という時代は通りすぎていてた。</p>
<p>それでも外国人を見ると自動的にアメリカ人だと思い込んでいたし、<br />
ディズニー映画や、トムとジェリー、マクドナルドに、ジーンズ。<br />
実写だと奥様は魔女を見てはその生活スタイルにも影響を受けた。</p>
<p>だけどNYやマンハッタンの名前だけは知っていても今ひとつピント来ない。<br />
両親は戦争経験者だったから、アメリカが好きということはなかったように感じた。<br />
それでも父は映画だけはハリウッドのものを好んでみていた。<br />
僕は子供の頃は父の見る映画はあまり好きではなかったし、母もそうだった。<br />
それは戦争ものやギャング物が多かったからだと思う。<br />
代表的な例でいうとゴッドファーザー。<br />
人が殺されるシーンが多いのが好きではなかったのだと思う。<br />
ちなみに今の僕はゴッドファーザーは名作だと思っている。</p>
<p>僕は父が一人ぼっちになるのが寂しいのじゃないかと思って、眠くなるまでは頑張って隣<br />
に座っていた思い出がある。ブロードウェイという言葉もよく聞いてはいたけれど、<br />
ミュージカルそれ自体はあまりテレビでは見たことがなく（もちろん舞台でも）なんとな<br />
く華やかなイメージだったことを覚えている。ブロードウェイという言葉はどちらかと言<br />
えばミュージカル映画の中や映画の解説の中でよく出てきた印象が強い。</p>
<p>例えば、雨に歌えば、パリの恋人、巴里のアメリカ人、ウェストサイド物語、マイフェアレディ、メリー・ポピンズ、チキチキバンバンとかかな。<br />
男の子としては初めて映画館で見たミュージカル映画はチキチキバンバンで、これが一番<br />
好きだった。このころ「ある愛の詩」（アリ・マッグローがでていたLove Story)という<br />
悲しい映画も見たことがきっかけでアメリカに対するイメージが変わって行ったような気<br />
がする。</p>
<p>今考えるとどこの国の人間だろうが普通の生活というものがあって、楽しかったり、<br />
悲しかったりすることは当たり前なんだけどあまりに遠くてイメージがピンとこな<br />
かった。リアリティを感じ初めてその頃からNYってどんなところなんだろうと興味が湧<br />
いてきた。</p>
<p>ただ、当時はパリに比べると治安が悪いというイメージが強かった。<br />
パリにもスリが多いとか、どこの大都会にもありがちな犯罪は多いと聞いていたけれど、<br />
銃がスーパーで買えると言う話や、地下鉄に乗るのは危険とかそういうイメージを持って<br />
いたのでニューヨークは初めてパリを訪れるより１３年も遅れることになった。</p>
<p>初めて訪れたのは２月の終頃、とても寒い季節だった。<br />
雪が舞い振り、道路から吹き上がる水蒸気、夜もとてもフォトジェニックだった。<br />
昼間もそのギュッと詰まった密度の濃い街の雰囲気が気に入った。<br />
ただ、その時付いてもらった通訳兼写真のアシスタントというより荷物持ち兼通訳かな、<br />
彼が５年間ニューヨークで写真を撮っている間に、３回ホールドアップされて銃の台座<br />
で頭を殴られ、３回とも気がつくと病院で意識を取り戻したという話を聞いた時はびっく<br />
りしたけれどカメラバッグとかも持っていたんだろうね。</p>
<p>僕はマンハッタンのいい場所の良いホテルに泊まっていてオフの日にマネージャーの小昏<br />
真理さんとメトロポリタンやMOMAに行ってきた。<br />
歩ける距離にMOMAがあったので、散歩しながらじっくり堪能した後の帰り道に突然、<br />
吹雪いて来て帰り道の目印していたビルが全く見えなくなった。<br />
これはマンハッタンで遭難→凍死事件になるのかと二人で困っていたら、<br />
黒人のスーパーの袋いっぱい抱えたおばちゃんがどうしたの？って寄ってきてくれて。<br />
ホテルカードを見せたら僕の腕を掴んでホテルの前まで引っ張って連れていってくれた<br />
事がすごく印象的だった。日本は島国だから外国人が苦手な所があるけれど、こういう所<br />
は見習わなければいけないと凄く思った。</p>
<p>考えてみると僕はどこに行ってもその国の親切に助けられている。<br />
ドイツでもイギリスでもイタリアでもだ。</p>
<p>それから僕は東京で困ってる外国の人がいたら言葉はわからなくても力に<br />
なれるように努力するようになったんだ。欧米人から、韓国や中国、<br />
分け隔てたことはない。</p>
<p>そういう意味でも凄く影響をうけた初めてのNYだった。<br />
そして今回は一人でのNY、友人一人NYで一緒にご飯を食べる友人を紹介してもらった。<br />
だってずっと一人で朝昼晩とする食事はつまらないから、たまには二人で食事を楽しみた<br />
いから。今回は一人でカメラを持って歩いて撮影をしまくったけれど、季節も夏の終わり<br />
だったせいか清々しくて気持ちのいいニューヨークの旅だった。</p>
<p>前回ニューヨークに来たときは人物を撮る写真家として訪れたけれど、街は随分見て歩い<br />
た。今回は街を撮る写真家として行った、そしてまた歩き続けた。この街は僕の好みの<br />
街だと確信した。ある意味渋谷とどこか共通するところのある街だと思う。<br />
撮影は始まったばかり、ニューヨークも随分いろいろな写真家が撮り尽くした街。<br />
難しいのは解っている。</p>
<p>それでも、必ず所幸則にしか撮れないこの街を撮ってニューヨークで発表したいと思う。</p>
<p><a href="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2010/11/NY.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-129" title="SONY DSC" src="http://tokoroyukinori.com/essay/wp-content/uploads/2010/11/NY.jpg" alt="" width="700" height="467" /></a></p>
<p>セックスアンドシティのオープニングでおなじみのクライスラービル</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tokoroyukinori.com/essay/blog/2010/11/29/ny%e3%81%b8%e3%81%ae%e6%83%b3%e3%81%84/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>

